その老兵は、戦びとの家系に生まれた
望めば兵隊を統べる名だたる武将になれた筈だった
しかし老兵はそれを望まなかった
老兵は最後まで前線に立つ名も無き兵を望んだ
といっても、勇猛果敢な兵隊という訳ではない
家系は戦びとでも、性格は風流を愛する文化びとだった
どちらかと言えば、温和で戦を嫌いそうな兵だ
しかし、長い軍隊経験で肝は座っていた
多くの古参兵と同様、彼は敵の夜襲にさえ動じなかった
ある時、老兵は味方が追い詰められる中、銃さえ構えずコーヒーを飲んでいた
老兵を見た、若い兵が凄んだ
「戦わないなら死んでくれ」
老兵はそれをあっさり無視した
半世紀に渡り前線で戦い抜くという事で、老兵の心には、同じ境遇の老兵にしか理解できない何がしかの価値観が、深く根付いたのだろう
自分と異なる価値観の存在にさえ気付けない、無視されたあの若い兵には解る筈もないだろう
私には解るのか?
いや、私に解るのは、あの老兵が抱える価値観は、我々のものとは違うだろうという事だけだ
今日、老兵が除隊となる
戦なんかまっぴらだと微笑む老兵を、賑やかに見送ってやろう
賑やかな見送りが老兵の価値観に合わなくとも、私に出来ることは私の価値観で見送る事だけだから